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建設経営セミナー


■『建設業のコストマネジメント〜現状と進むべき道』(11)
   〜必要利益確保のためのコストマネジメント〜
【第72号 平成18年7月11日発行】
(株)日本コンサルタントグループ 建設産業システム研究所
経営コンサルタント 宍戸 利彰

 前回に引き続きある建設会社のモデルケースをご紹介いたします。原価会議企画を通じてメンバーの意識変化がご覧いただけるでしょう。



 7時半に自分の席に着いたときには、建築部の部屋にもまだ人はまばらである。
 今日は9時から懸案の駅前新築マンション工事のCP1(原価企画コストプラニング会議)が予定されている。この案件は一昨年から利益計画に組み込まれており、会社を挙げて受注を目ざしてきた。営業情報をもとに請負金額6億円、粗利益額3千万円と計画していたが、発注者からの図面を検討した結果、概算コストが約7億2千万円となることがわかった。これに対して発注者予算は最大で6億5千万円という情報が営業から入っている。必要利益が3千万円であるから、許容原価は6億2千万円。現状の概算とは1億円の差があることになる。

 松村はこの案件のプロジェクトリーダーを命ぜられており、会議の進行と指示命令の権限を持っている。松村は今日の出席者の顔を思い浮かべながら、会議のイメージをつくっている。吉岡営業部長、塚田建築部長、今井建築技術課長、鈴木購買部長、受注した場合の代理人となる池田所長、その他各部署からの精鋭が3名の合計8名である。今日は、重要案件であることもあり、建築担当の三村専務も出席し冒頭に訓示をする予定だ。会議開始まであと一時間。松村はもう一度びっしりと数字が並んだ内訳書に目を落とした。

 質素ではあるが朝の明るい光が入る快適な会議室だ。前にはきれいに拭かれたボードが2枚。中央に机を寄せてテーブルとし、図面、内訳書などの資料が置かれ、出席者用の仮実行予算書が配られている。
 定刻に三村専務が立ち上がると、たちまち参加者の顔が引き締まる。「承知の通り、本案件は当社の今年度経営計画にとって最大級のインパクトをもつものである。昨年来の営業努力が実を結び、もう一歩で受注までというところまできた。これまで培ってきたわが社の原価企画の総力を挙げて、目標利益のつくり込みを成し遂げてもらいたい。」
 続いて松村が物件の概要と営業の状況、そして今日のVE計画会議の目標値である1億円以上の理由を説明する。15%以上の低減目標と知って、メンバーの目には一様に驚きが走ったが、すぐに挑戦的な決意に満ちた表情に変わった。目標が全員に共有化された瞬間である。

 塚田部長と池田所長が工事の内容や特徴、現時点での施工方法などをわかりやすく説明した。ただちに仮実行予算書の項目に沿ってVE・CD項目の抽出に入る。書記は建築部の太田係長だ。ブレーンストーミングで次々に出てくる項目や改善アイデアをボードに貼られた表に要領よく記入して行く。仮設備、土工事、基礎、構造、仕上工事、設備工事と進んで現場経費まで来たときには、昼をとうに過ぎて1時近かった。誰もが時間を忘れるほどの充実した討議であった。出されたVE・CD項目はなんと合計107。たった2年足らずの間に幹部社員がこれほど積極的にアイデアを出せるように変わったことに、松村は改めて驚いていた。

 昼食の後、項目を技術的可能性、経済性、承認の可能性などを考慮した改善達成度でランク付けする。それぞれの原価低減効果を目標VE額として記入し、達成度別に係数をかけて合計する。この時点でVE総額は9千万円に少し届かないところであった。松村はリーダーとして心を決めなければならない。「皆さん、現状では目標に届いておりません。あと、少なくとも2千万円分の項目を出しましょう。それと、項目によっては何かアイデアを加えれば改善達成度が上がるものもあるでしょう。もう一度ブレーンストーミングをお願いします。ただし、今度はブレーンライティングでやります。」誰にも異存はない。

 今度は一転して静かだ。全員がテーブルに並べられた項目表を食い入るように見つめ、手元の予算書との間を視線が往復する。気づいたことをメモ用紙に書いて行く。他のメンバーの思考を妨げないよう、ひたすら頭をフル回転させる。図面を繰る音、鉛筆の走る音だけが聞こえる。30分が過ぎた。ふーっという息がもれる。「皆さん、お疲れ様でした。それではアイデアを発表してください。太田係長。また書記をお願いします。」

 追加のVEが21項目集まった。そのうち5つはランクアップのアイデアだった。VE効果の大きい構造形式の変更は、設計事務所の抵抗が大きいとしてランクが最低だった。だが、発注者側の副社長と三村専務の人間関係を活用して設計事務所に事前に働きかけるというアイデアと、そのときまでに概略の構造設計を実施して効果を実証するというアイデアでランクが上がると判断した。営業と技術、そして経営が一体となって努力する。こうした結果、目標の1億円を十分達成するめどがついたのである。

 最後に、各項目の担当者への割り振りと、さらなるVE検討が必要な項目についてのVE会議の日程計画をつくった。次回のCC1(原価企画コストチェック会議)の予定を決めて、松村が閉会を告げたころには、夏の陽が大きく西に傾き空が茜色に染まっていた。吉岡営業部長が言った。「やあ、今日は疲れた。でもなんとかできそうだな。明日からまた営業も頑張るけど技術や購買は大変だ。今夜は一杯飲んで鋭気を養おうじゃないか!」松村も同感だった。なんといっても128項目をものにしなければならないのだ。建築部の担当が半分以上の73項目もある。それができなければ、せっかくのVEが「絵に描いた餅」になってしまう。
 これからが勝負だと、松村は心地よい疲れの中で全身に気力がみなぎるのを感じていた。


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